教えてください!家族承継って何ですか?|「家族承継」の専門家に聞いてみました(第3回/全5回)
株式会社こころみは、株式会社Kamakura Kazokuと提携させていただいております。
株式会社Kamakura Kazokuは、家族視点の事業承継「家族承継」専門の会社です。対話を通じて経営者と経営者家族をつなぎ、本音で話せるような場を提供し、創業者の志を次世代に継承させるサポートを行っています。
こころみが提供しているインタビュー社史作成サービス『創業の雑誌』が、家族承継を行う上で大切なツールとなるということから提携に至りました。そんな「家族承継」の専門家である株式会社Kamakura Kazokuの関尚子さん、関清一郎さんに事業承継のひとつである「家族承継」、『創業の雑誌』が「家族承継」に果たせる役割などをお伺いしてみました。
<目次>教えてください!家族承継って何ですか?|「家族承継」の専門家に聞いてみました
第1回:ファミリービジネスには対話が足りていない?
第2回:原体験を言葉として残せる社史作成サービス『創業の雑誌』
第3回:ファミリーチームとビジネスチームをつなぐ家族憲章(←今回はココ)
第4回:事業承継は、早ければ早いほどいい
第5回:Kamakura Kazokuが目指すもの
――今回はファミリービジネスについて詳しく伺いたいと思っています。まず、第2回目の最後に出てきた言葉、「家族憲章」について教えてください。
清一郎 「家族憲章」は一族理念を残すドキュメントのことを表しています。これは事業承継のときだけではなく、ビジネスを進めるなかでぜひ残しておいてほしいものです。僕たちは事業承継で経営者とそのご家族の方と多く関わってきています。そこで感じたファミリービジネスの難しさとは、ファミリーとビジネスの価値観が根本的に異なる点にあります。ファミリーの判断基準は、善悪というか、人としていいか悪いか。つまり、感情がメインとなります。ですが、ビジネスではこれをすることによって利益が生まれるのかというところで考える、損得が判断基準です。そもそも価値基準が違う2つをもとに、ファミリービジネスという同じ土俵で判断をしなくてはいけないので、すごく難しいことが起きるのです。
そこで大切になってくるのが家族憲章です。今、家族憲章を作っている会社は日本の中ではほとんどありません。そんな中、おたふくソースさんは、2013年に「転ばぬ先の杖」として、家族憲章を策定されました。
尚子 おたふくソースさんは、家族を大切に思っていらっしゃるのですよね。役員にも家族の方が入ってらっしゃいます。そのため、家族の中でのルール作りを重視されているのです。ビジネスというのは、どれだけ利益や効率を上げるか、というところを追求する場ですよね。でもファミリーは、感情が優先されます。そういう、もともと相入れない価値観をコントロールするためのルール作りって、とても大切なのです。ルール作りというと難しければ、心掛け、という言い方でもいいと思います。感情や愛情も大切だけど、成果も生まなければいけないからここまでは我慢しようとか、そういうことですね。
清一郎 おたふくソースさんは、佐々木家という家族が経営しています。そして、佐々木家とおたふくソースという事業は重なっているのですよ。というのも、幹部や関連会社にファミリーのメンバーがいるからです。ファミリーといっても、人数が多いので中には1年のうちに会話するのが1、2回の人たちもいます。なので、共通のルールのようなものがないと、何かあった時に、社員が苦しんでしまうし、社員同士も争いを始めたりします。
尚子 いわゆる派閥争いですね。家族の問題が、事業に色濃く影響してくるのですよ。
清一郎 もちろん、経営理念はあります。経営理念に則って判断しようとするけれど、結局、ファミリーの存在の方が大きいと、経営理念は絵に描いた餅になってしまう。つまり経営理念だけでは、家族の暴走を防げない。だからこそ、創業期にきちんとしたルール、つまり家族憲章のようなものが必要になるのですね。
尚子 家族をコントロールするルールがないから、崩れていってしまうのですね。そうならないようにルールや家族憲章が必要になるのです。ただ、おたふくソースさんの場合は、家族憲章を作るきっかけというのは、ファミリーの外に問題がありました。大きな企業になると、創業者ファミリー以外の従業員で、創業や会社の発展に貢献した人っていうのが必ずいるわけですよね。創業者は当然ですが、子どもや孫世代まで、そういう人たちへの感謝や尊敬を持っているファミリービジネスは強いのです。そうでないと問題が起きる。
佐々木家の場合は、おたふくソースと佐々木家はうまくいっていると思っていたんです。でも、外部の人間が社員にインタビューしてみると、不満がぼろぼろ出てきた。「おたふくソースは頑張っても佐々木しか偉くならないのでしょう」とか、「出張するとき、佐々木家はビジネスで自分たちはエコノミーだ」とか。佐々木家の人はそんなことが出てくるとは思っていなかった。改善していかないと大変なことになる、ということでまず作ったのがファミリーオフィスなのです。
――ファミリーオフィスとはなんですか?
清一郎 ファミリーオフィスというのは、欧米の方ではかなり広まっているのですが、いうならばファミリーの理念を次世代に継承していくための組織です。事業会社とは別に作られます。ファミリーオフィスで、家族の理念を次世代に継承していくための家族憲章を制定して、ファミリーミッション・ステートメント(ファミリーオフィスにおける憲法のようなもの)を作るのです。
家族憲章を作ることで、佐々木家とおたふくソースというファミリーチームとビジネスチームは、強い関係性ができたのです。家族憲章は、うまくいっているときは必要ありません。6代目社長の佐々木茂吉さんが「転ばぬ先の杖」とおっしゃったように、家族憲章は危機に陥ったときにこそ必要になってくるのですよ。
さらに、家族憲章を作るプロセスも大切なのです。なぜなら、作るときにファミリーチームとビジネスチームの間で対話が生まれるから。対話によって、経営理念に紐づくそれぞれの経験や感情が言語化でき、価値観を共有できます。
面白いのは、『天国にいる創業者が、今のみなさんを見たらなんて言うと思いますか?』という問いを投げると、憑き物が落ちたような顔になられるのですよ。やりすぎていたとか言いすぎていたことに気づき、円満に収まる。それが、家族憲章のもたらす効果ですね。
――ファミリーオフィスは家族と経営をつなぐものということでしょうか?
清一郎 普通は、株主の下に事業会社ありますよね。これをAパターンとします。会社が成長して、関連の事業会社が増えていく。そうすると、これらを管轄する会社が必要になるわけです。それがホールディングス会社ですね。ホールディングス会社は、事業会社が利益を上げて、社員に給料を支払って幸せになっているかをチェックします。Bパターンでは、株主の下にホールディングス会社がきて、その下に事業会社がきます。
ホールディングス会社の上に、ファミリーオフィスが入ってくるのがCパターンです。ファミリーオフィスが作られるのは、ファミリービジネスの場合ですね。ファミリーオフィスは株主、ビジネスチームとファミリーチームを牽制しあう役割を担います。ビジネスチームだけではなくて、株主も利益に振り切ってしまいがちです。それを、コントロールする。ビジネスさえよければいいのかを考えて制御していくのがファミリーチームになります。
尚子 ファミリービジネスは駅伝に例えられることが多いのですね。一方で、それ以外の上場会社は短距離走というイメージです。後者は、例えば5年で時価総額が10億円から100億円になればいい。でもファミリービジネスは、会社の目的が時価総額や売上利益の極大化ではなく永続することだったりするのですね。
駅伝に例えると、1区、2区、3区とバトンを渡すことが大事になります。先代から受け取ったバトンを、よりよいものにして後世に繋いでいく。「生まれたときよりも美しい状態にして次世代に渡せるか」を、真のファミリービジネスは問われます。
清一郎 ホールディング会社だけだと、成果の追求が目的になってしまうんのです。3代目の時代に売上が伸びて、社員も増えた。だけど、家族はバラバラで、社長は何回も離婚して、子どもはわがままに育っている。そういうのが良い悪いという話ではなくて、ファミリービジネスにおいては、そういうのは求めるものではない。なぜかというと、家族がその状態のままでは、最終的に会社にマイナスの影響が及ぶケースが少なくないからです。
尚子 家族がバラバラになると株が分散して、それを自分のために使ってしまい、財産も少なくなる。それが事業にマイナスの影響を与えてしまいます。
清一郎 ファミリービジネスにおいては、いい経営者を育てるということよりも、きちんとした人間に教育するということが大事だと言われています。つまり、いい経営者である前に、いい人間であれということですね。
ホールディング会社は、わりと組織に強さを求める昭和のお父さん的な役割をもっています。一方でファミリーオフィスには昭和のお母さん的な役割を持っています。組織の中に優しさや人間愛や家族愛があるかどうか、血が通っているのかどうかを確認する機能があるのだと思います。
――どうやって組織の中に血が通っているかを確認するのでしょうか?
清一郎 ホールディング会社はビジネスをチェックしますが、ファミリーオフィスは、ファミリーとしての価値観、創業者の価値観が事業会社全体に浸透しているかどうかをチェックするのですね。
――浸透させる方法として効果的なものは?
清一郎 1つは、家族憲章。もう1つは家族会議です。そしてその延長線上にある、次世代教育。この3点セットですね。この3つを作る上で、こころみさんの『創業の雑誌』が効いてくるのです。創業者の人生背景を視覚化できる、という点ですね。
尚子 2代目3代目も、けっきょくは祖父母が好きなのですよ。だから、もし役員報酬や売上なんかの些細なことで争っていても、創業者のお祖父ちゃんお祖母ちゃんが今生きていたら、なんて言うだろうという問いの前では冷静になる。そういう問いを投げかけるためには、『創業の雑誌』がとても大事になってくるのです。
清一郎 例えば、幼少期に親を亡くした原体験を持つお祖父ちゃんが、必死に自分の家族と社員を守るために会社を経営してきた。その会社から、愛情や感情を捨てて、売上の極大化っていうところに走ってもいいのですか? と。『創業の雑誌』があるだけで、そういう問いが立つのです。
他のケースでいうと、『創業の雑誌』のインタビューの中に、「昔は会社が成長することが自分にとっての幸せだったけれども、今になってみれば家族がいてくれることが本当の幸せだと思います」という文章がありました。そういった経営者の振れ幅が言語化されていれば、万が一創業者が旅立ったあとでも、残された家族は理解できる。「昔は利益、利益って言っていたお父さんが、急に家族、家族って言い出したのは、こういう思いがあったのだな」って理解できる。そういう気づきがあるのとないのとでは、家族の覚悟っていうのがまったく変わってきます。
尚子 私たちは、プロセスを丁寧に追うことを大事にしています。「創業者がどんな思いで、そういうことをやってきたのか」がわからないと協力もできないし勘違いも起こる。自分さえよければいい。自分だけお金もらえればいいとなってしまいます。
でも共通の目的があれば、私もファミリービジネスに貢献していきたい、となると考えると思います。事業承継というプロセスからファミリーの共通目的を再確認することで、「一族から利益を得よう」という思いから、「一族を強化していくために自分が何ができるか」という思いに変わってほしいのです。
清一郎 組織からちょっとでも奪い取ってやろうっていう気持ちになると、奪い合いしか起きない。でも、組織のために、ファミリーチームやビジネスチームのために何ができるのだろうっていうマインドになると、ファミリービジネスは長続きします。50年、100年、200年と続いていきますね。
ただ、このファミリーオフィスという言葉も、アメリカなんかでは、ネガティブな意味で使われているケースが多いのです。資産管理会社という意味で使われることもあるので、私はこの言葉を使うときはすごく気をつけて使うようにしています。
今は、資本主義も変わってきていますよね。株主資本主義から、持続可能でステークホルダーが幸せになるような資本主義へ価値観が変わってきています。そんな中で、ファミリービジネスや事業承継も問われている時代になってきているのかな、と思いますね。
尚子 さらに、事業承継が持続可能じゃなくなっていますよね。資本主義の中で、事業承継をして、価値をどれだけ最大化するかという中で疲弊してしまっている。せっかくの思いを引き継げなくて心を病んだ人もいるし、家族がバラバラになってしまう人もいる。そこがもったいないというのがすごくあります。
清一郎 ビジネスだけを気にした承継って無機質で冷たい感じになっちゃうのですよ。けれど、家族や地域、そういった温かいものを大事にした承継を増やしていきたいという思いが、僕たちにはあります。
また、ファミリービジネスの研究家によると、家族の後ろに「ふるさと地域」があるといわれているのですよ。僕たちも、次世代にいい未来を残したい。あたたかい世界を選べる選択肢を自分の子どもたちや後輩たちに残したいと思ってます。
第4回に続く(5月31日配信予定)
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■プロフィール
関尚子(せきなおこ):株式会社kamakura kazoku代表取締役CEO
神奈川県出身。2004年明治大学政治経済学部卒業。同年横浜銀行入行。 綱島、日吉、本店営業部などに所属し、家族向け相談業務に10年携わる。 育児3人介護2人に向き合うため、退職。家族か仕事ではなく、すべてを一体化できるような生き方をしたい、 また、元経営者の一人娘としての原体験を形にしたいと家族で対話を重ね、起業を決意。神奈川県の起業家創出拠点HATSU鎌倉の起業支援プログラムに採択され、2020年12月夫婦で起業。
関清一郎(せきせいいちろう):株式会社kamakura kazoku代表取締役CHO
広島県出身。2006年横浜国立大学経営学部卒業。同年横浜銀行入行。税理士法人山田&パートナーズ出向を経て、2016年青山財産ネットワークスに入社。日本M&Aセンターとの合弁会社事業承継ナビゲーターにて、事業承継後の経営者・家族向け相談業務の責任者を務める。
一般社団法人金融財政事情研究会が、 株式会社日本M&Aセンターおよび株式会社きんざいと創設した認定制度「事業承継シニアエキスパート認定資格」の講師やファシリテーターとしても活躍する。
投稿日:2023年05月24日